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居室待機

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「はだしのゲン」を図書館に置くなら「カンプグルッペZbv」も!
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    と思ったら品切れしてるじゃない、学研ナニやってんの?! 何かと話題の「はだしのゲン」ですが、問題となっているのは過激描写ですよね。 …うん、カンプグルッペZbvにはそんなに過激描写はないし、割と真面目にこれを「平和教材」として図書館においてもいいんじゃないだろうか。 カンプグルッペZbvは小林源文の初期の方の作品で、 装甲部隊の懲罰大隊(実際にはそんなものはない)が舞台。 ソビエト軍の猛攻に恐慌を来して敵前逃亡したシュタイナー少佐が指揮官。司令部から「あいつらは全滅しても構わない」と常に無茶な火消し役を命じられるが、彼の常に死に場所を探しているかのような戦いぶりで懲罰大隊であるはずのカンプグルッペZbvは次第に精鋭部隊となっていく。 主人公のアッシュ上等兵も最初は間違いでZbvに配属されるが、負傷して後送される時に自らの意思でZbvに残る。 小林源文の作品は(敗戦国ドイツを舞台にすることが多いこともあって)戦争の過酷さをよく描き、勝利の栄光などは描かれないことが多い。 特にこの作品では懲罰大隊が舞台であることもあり、その傾向が強い。 そして「なぜ戦うのか?」については、もちろん「勝利の栄光」のためでもなく、それどころか「国家のため」でもなく、「戦友のため」つまり「身近な人のために戦う」ということが繰り返し描かれる。 しかし、そのようにして守ろうとした戦友も、戦争は容赦なく奪っていく。 主人公が「自らの意思であえて困難に進んだ」Zbv志願も、 最後には部隊は全ての戦車と重装備と多くの戦友を失い、 ようやく船で逃れようとした時にソビエト戦車部隊の来襲… シュタイナー少佐は「士官は下船、対戦車戦闘用意」と冷徹に命令する。 ここで劇的な戦闘は描かれず、主人公は戦友に「じゃあな」と告げられ、(おそらく)カンプグルッペZbvは消滅し、主人公は最後の戦闘に加わること無く、生き残る。 そこには何ら「クライマックス」は、無い。 主人公は最後には(嫌っていたとはいえ)戦友を見捨て、兵を逃がすために死地に赴く上官たちをただただ見送る。そこに「私の原隊はカンプグルッペZbvです」と自ら愛した部隊も、もしかして自分の心も、何も残ってはいない。シュタイナー少佐と同じように。 何と無情にして無常なのか。 「戦争の虚しさ、残酷さ」は何もいわゆる左翼的な視点で描かれた「はだしのゲン」などの専売特許ではない。 いわゆる右翼的、と言われることが多い(実際には違うと思う。それなら宮崎駿のモデルグラフィックスの連載すらも右翼的と言うのか?)戦場劇画も、充分にそれを描いていると思う。 戦争は前線でのみ行われているわけではないように、戦争の悲劇は戦線後方でのみ見られるわけではない。後方の悲劇は前線の悲劇の影であり、両方見るべきものではないでしょうか。 というわけで、松江市教育委員会はカンプグルッペZbvを図書館に置くように。 …と書いておいて言うのも何だけど、絶対に無理だよね。 「はだしのゲン」って、特別扱いされすぎてね? (ちなみにカンプグルッペZbvは、編集部が原稿を一部紛失したため、雑誌掲載から版を起こしているので印刷が薄い部分がある。これを修正したものが完全版。編集部、GENBUN先生の玉稿を何だと思ってやがるんだ、懲罰大隊行きだ!)
    | 本、映画など | 03:08 | comments(2) | - | - |
    おかげで「赤軍兵士にだけは死んでもなりたくない」と育ちました 去年末の冬コミで、源文氏を直接拝見しましたが なんとも、一言では語れない・・一癖も二癖もありそうな 「老獪」と言う表現しか言いようが無い印象を受けました
    | もけけ | 1970/01/01 8:59 AM |

    もけけさん、そういえば昔、自分の掲示板に書き込んでいただいたとき、体が震えるほど嬉しかった記憶が・・・。 タンクデサント赤軍兵士、平均寿命1週間。
    | admin | 2013/08/31 10:08 AM |