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人間には原罪がある、という発想の現代性
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    「人間には原罪がある、それは知恵の実を食べて楽園を追放されたことだ」 ということを大真面目で語る方の話を聞きました。(中2ではありません、大人です。) 今までなら反発して思考停止になるところでしたが、「もしかして、本当に世界が縮小方向に向かうなら、クリスチャン的発想というのは、世界のためになるかもしれない」と考えてみました。 言うまでもなく、キリスト教というのは反発展的で、欧州を中世暗黒時代に叩き込んだ元凶です。 「知恵の実を食べたことが罪」という反知性主義ですから、まぁそうなるわな。 ですが、その時代の人間文明というのはエネルギー効率が非常に低かったわけです。 ザックリ言うと、山の木を切って燃やすしかエネルギーを取り出す方法がなかったわけです。 ここで、イースター島の例を考えてみましょう。 イースター島には巨大なモアイを作るほどの文明がありました。 が、島ですので、森林資源には限りがあった。 そこで「巨大なモアイを作る技術的ブレイクスルー」が起きた場合、どうなったか?住民はどんどん大きなモアイを作り、それが原因で森林資源が枯渇、土地は痩せ、僅かな土地を巡って戦争をし、わずか数世代で島の木を切り尽くして土地を疲弊させたイースター島の住民は石器時代の生活に戻ってしまった、、、。 もしイースター島住民の宗教の教義に「知恵をつけてはならない、それは神のものだから」という反知性主義があれば、巨大なモアイを作る技術的ブレイクスルーは起こらなかったでしょう。 その上、クリスチャン的な「労働は人が神から与えられた罰である」「だから出来るだけ働いてはいけない」という労働侮蔑主義があれば、勤勉にモアイを作り続けることもなかったでしょう。安息日バンザイ。 そうなれば小さなイースター島の森林資源はそれなりのレベルを保ち、土地の肥沃さも失われず、人々は日々の生活の安寧を得た上で、小さな石を並べて祈りを捧げる日々を送り続けることが出来たかもしれません。 あれっ、モアイ戦争を起こすより幸せなような、、、。 そう考えると、キリスト教の教義というのは「社会は拡大しない」ことを前提として、「閉じた世界を維持させる」場合においては、優れた教え、システムだったのかもしれません。 もしかすると、中世暗黒時代というのはキリスト教が作ったのではなくて、中世が暗黒時代だったから、それに沿った教義のキリスト教が受け入れられたのかもしれません。 そう考えると、一部の人が言っているように「今から世界人口や経済は衰退するので、全ては縮小方向に行く」のなら、キリスト教、もしくはそれに近いような反知性主義、労働侮蔑主義の教えが現代においては必要とされているのかもしれませんね。 まぁ、私は、進化が限界に達した時には技術的ブレイクスルーが起こって、進化は累乗に起こリ続けるという、ムーアの法則の方を信じますけどね。 木を切り尽くせば化石燃料を掘り出し、なくなれば原子を崩壊させ、融合させ、最後にダイソン球で太陽を覆いつくしてから、キリスト教に戻ればいいんじゃないかな。 ダイソン球wikipediaより
    1960年にアメリカの物理学者フリーマン・ダイソンは、高度に発展した宇宙文明では恒星の発する熱や光を活用するために、恒星を覆う巨大な球体=殻を建造している可能性があると考察した。自然のままでは恒星が全方位に発するエネルギーのほとんどは宇宙空間に消え、小さな点のような惑星などが受け止めたほんの一部しか利用されない。だが、ダイソン球を作ることで桁違いに大量のエネルギーが利用可能となるというものである。
    | 世の中 | 07:01 | comments(0) | - | - |