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居室待機

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憲法記念日によせて、戦艦長門のこと
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    いよいよゴールデンウイークですね。 ゴールデンウイーク憲法記念日を前に、かつての連合艦隊旗艦、長門のことを書いておきます。 長門は連合艦隊旗艦として、長く日本人に親しまれました。アジアにあって世界のビッグセブン(7大戦艦)に称されたこと、関東大震災での公称最大速度を上回っての「今はそんな場合ではない!」という本当の全力救援エピソード(下記付記)や、後に有名となる大和が秘匿されていたこともあり、本当に長門は「日本人の誇り」でありました。 さて、そんな長門たちの奮戦虚しく、大東亜戦争で日本は破れました。その時の数少ない残存軍艦のうち、戦艦は長門だけでした。 そして敗残の長門に米帝が下した処分は、ビキニ環礁での原爆実験標的艦でした。 ビキニまで連れて行かれた長門は至近距離で原爆の直撃を受けます。 が、沈みません。 そこで米帝はどうしたか? 長門の船体に穴を開け、機雷(爆弾)をくくりつけて、もう一発、原爆を炸裂させたのです。 これのどこが原爆の威力実験でしょうか?「何が何でも、日本人の誇りを海の底に沈めてやる」という恨みを晴らす、意趣返しの意図以外に何も無いのでは? ここまでしての二発の原爆を浴びた長門は、それでも沈まず「英霊が海中から支えている」と言われましたが、翌朝には海上から消えていました。「何が何でも日本人の誇りを海の底に沈めてやる」という米帝の執念が英霊のご遺志をしのいだのでしょう。 さて、長門を象徴とした日本も破れていました。 そんな日本人の誇りを米帝は尊重したい、そう考えていたでしょうか? 長門の船体に開けられた穴と取り付けられた爆雷、日本国憲法にしたためられた前文や9条はじめとした恥辱条文は、ともに日本人の誇りを二発の原爆をもって海の底に沈めてやる、そういう意図があるとしか思えません。 長門は大質量の海水の下にありますが、同じく日本人の誇りも大質量の「平和憲法」の下にあるように思います。 憲法記念日、世界に冠たる平和憲法の維持、本当におめでとうございます。二発の原爆をもって日本人の誇りを海の底に沈めてやるという米帝の意思の勝利、認めざるを得ません。本当におめでとうございます。 (付記) 長門は竣工時、最大速度を秘匿、23ノットと低めに発表していました。各国は「んなわけねぇだろ」「その煙突位置はもっと出るね」と総ツッコミ。 しかし長らくこれの秘密は保持されていました。 が、長門訓練航海中に関東大震災発生、長門は救援物資を満載し、東京に急行します。 ところがこれを英国巡洋艦に補足され、追尾、速度計測されます。 長門はこれを分かりながらも速度を緩めず、彼女の最大速度で東京に向かいました。 その速度27ノット、後のレイテで大和に随伴して駆け回る片鱗を披露したのです。
    | 世の中 | 03:04 | comments(0) | - | - |