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居室待機

書を持ち野に出よう
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淀川が「見えた」
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    今日は、淀川河川公園海老江地区に車を停め、対岸に渡りました。 今日はなぜか波がきつく、船酔いしそうだったので、カヤックは早々に諦め、しじみを採ってみました。 淀川河川公園海老江地区対岸 淀川しじみ 素手で掘った、というか、拾っただけですが、結構採れたよ…。 今までもちろん、淀川が流れていることも、自分が淀川の水を飲んでいることも知っていました。しかし、淀川自体は西に向かうときに「長い橋だなぁ…あ、淀川か。」程度の認識でした。 「興味がなかった」わけです。 目には入っていました。でも、それは本当に「見えている」と言えるのだろうか? このあたり、人間関係にも似ていて「この人は見たことがある」程度の人というのは、「目には入るが、それだけ」です。ところが、「好き」までいかなくとも「気になる」存在になれば「あの人はどんなことを話すのだろう?」「共通の知り合いに話しを振ってみるか」「ちょっと直接話しかけてみようか」と、気になって情報を集めて直接アプローチして、と明らかに自分の反応が変わります。「あ、**さんだ」と人混みに紛れていても「見える」わけです。 環境とか、アクティビティとか、そういうのも「目に入っている」と「見えている」は、随分と違うのだなぁと、実感しました。 今の俺には、淀川は、見えているね。
    | 大阪 | 11:06 | comments(0) | - | - |